MOMOGASHIMA STUDIO


Creation

01.Section

創作に向ける
想い

Thoughts on creation

「人生は苦しいものだ」と、人は言います。
「人生とは、その人の内面の現れなのだ」とも…。

けれど、私たちはときどき、自然やこの世界の美しさに、思わず息をのむ瞬間があります。言葉を失い、理由もなく、胸がいっぱいになるような瞬間です。

そのとき感じているものは、外側の景色だけではなく、実は「自分の中にある、豊かで美しい部分」が、確かに反応している証なのではないでしょうか。

苦しさや痛みばかりに覆われているように感じる人生の中でも、それでもなお美しさに心を震わせる感覚が残っているのなら、その人の内側には、ちゃんと光が生きている。

透明水彩と向き合う中で私、瀬兎谷【セトヤ】が教えられたのは、その事実でした。


Encounter

02.Section

透明水彩画との
出会い

My encounter with transparent watercolors

01.私は決して
器用な人間ではなく、
人生も挫折や葛藤の連続でした。

お世辞にも、順風満帆とは言えない日々だったと思います。
もともとは油彩から創作を始めましたが、夢を叶えたはずのその先で、「叶えた夢が自分を幸せにしてくれるとは限らなかった」という経験をします。心身の不調が重なり、社会や人が怖くなり、前に進むことができない時期が続きました。

そんな中で訪れた、人生の分岐点。
それが、透明水彩画との出会いでした。

02.人生が覆るほどの衝撃

初めて透明水彩画に触れた時、ある描き手さんから教えていただいた言葉があります。
「透明水彩は、白色を使わず、紙の白を活かして、光と水で描く技法なの。自分の土台なんて、もともと白紙よ。そこにこだわりなさんな。」その言葉と、透明水彩に宿る哲学に、私は人生が覆るほどの衝撃を受けました。

はじめて透明水彩を扱った日のことは、まるで昨日の事のように覚えています。
その時の印象は、正直に言えば散々でした。これまで様々な画材を扱ってはきたのですが、「水の運び・偶発性・滲み」この特徴を持つ透明水彩という画材そのものの難しさに、完全に完敗してしまいました。また、コントロール不能なうえ、翻弄されるような不安感と不安定さがイライラさせ、怒りが込み上げてきました。これほど私に合わない画材はこの世にないんじゃないのか?!とまで、思えたのです。

行方の見えない不安に翻弄され、自分を見失った感覚。それは、当時の私の人生そのもののようでした。それを感じると、さらに「なんで、こんなモノに全身が震えるほどの感動と魅力を感じたんだろう!?」と悲しくなりました。

今、振り返って思うことは、当時の私は「描いていない」のです。もちろん、「描く人・絵描き手さん」でもなかったのです。命を、魂を、想いを「コントロールしたい」に満ちていて、万物の全受容に意識がむいていない…。「水」と「光」で描くではなく、「絵の具で描く」に意識が固定化されて、自分の土台・土俵でなんとかしようとしていたから、「今までの延長」が現実化していたような気がします。

03.全てを受け入れるところから、
全ては始まる

描き始めてしばらくした頃、私は次第に、この「やっかいなところ」にこそ、透明水彩の本当の魅力があるのだと感じるようになりました。
透き通る美しさを持つ透明水彩は、光を描写するために、どうしても深く暗い色を必要とします。
ただ明るい色だけを重ねても、光は生まれません。

光は、必ず影や暗さと共に存在していて、その両方があってこそ、はじめて輝くのだと思います。

透明水彩の澄んだ美しさは、単に絵の中の「綺麗な部分」だけを映し出すものではありません。葛藤や混濁、迷いや痛みを抱えたまま、それらを光へと昇華していく力を秘めているようにも感じられました。

それはまるで、自分自身への自責や自己否定、失敗や不運をどうにかしようと抗っていた私の視点に対して、「全てを受け入れるところから、全ては始まる」と、静かに、しかし逃げ場なく突きつけられているような感覚でした。

04.光も闇も、
すべてを受け入れなければ
成立しない

「光も闇も、土台となる用紙にすべて入れ込まなければ、光は輝かない。たとえ、朽ち果てる残酷さすらも生命の循環の厳格さなんだと見つめなければ、美なんて、存在しない。コレも組み込まなければ、絵画として成立すらしない。」抱えていた全ての痛みも、画材として消化していく透明水彩という画材の凄まじさ…。
この事実を、容赦なく突きつけてくるのが、透明水彩に秘められた強烈な哲学的授業だったように思います。

当時も、そして今も、その厳しさに圧倒されながら描き続けていますが、同時に、私に数えきれないほどの学びを与えてくれる、ありがたい「先生」のような存在でもあります。

05.偶然と向き合うということ

透明水彩は、「水で描く」という根本があります。
水が紙に触れる以上、そこには必ず「滲み」が生まれます。この滲みによる偶然性や偶発性をどう受け止め、どう活かすか。それが、透明水彩で描くうえでの大きな特徴であり、魅力でもあります。

思い通りにコントロールすること、制圧すること、服従させることは、ほとんど不可能、あるいは非常に難しい。だからこそ、透明水彩は絵画技法の最高峰とも言われているのだと思います。

想像通りにならない状況の中で、偶然や偶発性を「失敗」として切り捨てるのではなく、自然に起きた結果をどう受け入れ、どう活かしていくのか。その問いに向き合い続けることが、透明水彩で描かれる作品が持つ、神秘的で奥深い魅力につながっているのだと感じています。

Thoughts

03.Section

原画絵画の
ご依頼について
思うこと

Thoughts on commissioning original paintings

ひとつひとつが
私にとってとても感慨深く
忘れがたい経験です。

これまでさまざまなコンテンツ制作に携わってきましたが、原画絵画の購入に関しては、「願いが込められたご依頼」を多くいただいてきました。

そのひとつひとつが、私にとってとても感慨深く、忘れがたい経験です。

一般的には、完成された絵画原画制作物が売買の対象となることが多いと思います。しかし私の場合、「完成品を選んでいただく」だけでなく、「お客様の想いから始まるオーダーメイド制作」のご依頼を多くいただいてきました。

この経験から、ももヶ島スタジオでは、完成絵画原画の販売はもちろん、オーダーメイドの絵画制作にも適した、丁寧な販売スタイルを大切にしています。著作権の取り扱いに強い弁護士や公共機関のコンサルタントに相談しながら、安心して、気持ちよく絵画をお迎えいただける環境を整えています。

オーダーメイドで
制作するという事

お客様と一緒に
ゼロからつくるということ

オーダーメイドの絵画制作は、私自身の思いから始まる物語を描く制作とは異なり、「ゼロからお客様と一緒に制作する」スタイルです。
そのため、毎回とても緊張します。

それでも、これまでさまざまな業務に携わってきた中で育まれた「冒険心と挑戦心」を活かして取り組めることは、私にとって大きなやりがいであり、光栄な機会です。

制作前の打ち合わせでは、ご依頼に至るまでの経緯や、これまでの人生、さまざまな体験談を伺うことがあります。そこには、私の心を揺さぶる「深い物語」との出会いがあります。

お客様の大切な物語の「ひとつの分岐点」に、「絵画作品をお迎えしたい」と思っていただけること。それは、お客様の人生の中に組み込まれる、ひとつのエピソードになるのだと思うと、自然と気持ちが引き締まります。

全ては
今ココにあるに気づく

「ありのままでいい」と
言っていただけたこと

描き初めの頃、既製品よりもオーダーメイドのご依頼が続いた時期がありました。

その頃の私は、「なぜこんな不器用な私に、こんな素敵なご縁が?」と不思議に思い、正直にお客様へ尋ねたことがあります。

返ってきた言葉は、「ありのままの、不器用なあなたがいい」という、共通した答えでした。

もしかしたら、作品の中に感じていただいているのは、「不器用な私自身」であり、そこにご自身と共鳴する何かを見つけてくださっているのかもしれません。


Singlemindedly

04.Section

不器用なまま
一途に描き続ける

Despite his clumsiness, he continues to draw wholeheartedly

「少しでも上手くなりたい」
「透明水彩で描く時間を、できるだけ多く生きたい」

不器用さを否定せず、「あるがまま」を受け入れ、偶然と調和を大切にしながら、祈りと願いを込めて描く。その先に、たくさんのご縁が結ばれてきました。

もし、「あるがままの自分を愛すること」というキーワードに共鳴してくださる方が、人生の分岐点で私と出会ってくださっているのだとしたら、これ以上の幸せはありません。

人生の「ハズルのピース」が
その人・場所に帰っていく
だから
きっとお別れじゃない

これからも、真心をこめて

なかなか器用にはなれませんが、これからも「願い」や「想い」を託していただけるご依頼に、真心をこめて向き合っていきたいと思っています。

ときには、完成した作品と離れる前夜に、名残惜しさで泣いてしまうこともあります。
それほどまでの想いを込めて制作しています。

ご縁がありましたら、心を込めて描かせていただけましたら嬉しいです。

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